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マッチング事例

衰退する光ディスクが主力だった会社が
X線へと舵を切り業績がV字回復

ポータブル型X線残留応力測定装置 μ(マイクロ)-X360s

新技術説明会で大学技術シーズ聴講をきっかけに、開発した製品が経営を立て直した。今では会社の主力製品となっている。業績をV字回復させた、偶然が必然に変わるには二つ転換点が存在した。

ものづくりの町で55年

静岡県浜松市に本社を置くパルステック工業株式会社は、検査装置や評価装置の製造販売を手掛ける。

近隣にはスズキ株式会社、浜松ホトニクス株式会社(大手光学機器メーカ)、株式会社河合楽器製作所、ヤマハ株式会社・ヤマハ発動機株式会社、本田技研工業株式会社、株式会社エフ・シー・シー(FCC、二輪クラッチ世界シェア首位)、ローランド株式会社(大手電子楽器メーカー)などが軒を連ねるものづくりの町で、1969年の設立から55年目を迎える従業員は160人ほどの中小企業だ。

設立当初は、地元企業向けの検査装置の製造販売を生業とし、1985年ごろから徐々に自社製品の製造販売へ乗り出し、プリント基板の検査装置やコンパクトディスク(CD)ピックアップ評価装置、光ディスクドライブ装置、3Dスキャナーなどに参入し業容を拡大してきた。

光ディスクは、1980年ころからCDが市場に出始め、1990年代には記録容量がCDの約6倍にもなるDVDが、さらに2000年にはBlu-ray Disc(ブルーレイディスク)がDVDの後継として誕生し記録メデイアは大容量化へと突き進んだ。そんな記録メディア攻勢とともに、パルステック工業は2009年ごろまでは、光ディスクの評価装置が主力製品だった。それらの評価装置は基準機となり、日本をはじめディスクを製造する欧州、米国、台湾など世界中の工場に導入され順風満帆かとも思われた。

会社がつぶれる! CD、DVD、Blu-ray終焉で新製品開発が急務

一方、光ディスクの大容量化と少し遅れて、USBメモリやSSD(Solid State Drive:ソリッドステートドライブ)など多種多様な記録媒体も進化。データのクラウド保存やネット配信で動画を視聴するなどデータの活用スタイルや生活スタイルも多様化し、メモリとしての光ディスクの大容量化開発が終焉を迎えようとしていた2006年に光ディスク寄りの製品も同時に数を減らしていく。会社は光ディスクに変わる新製品の企画開発をしなければ業績は転落するばかりとなる。新規開発は急を要した。

パルステック工業の主力製品の受注推移 2009 - 2021 グラフ

図 パルステック工業の主力製品の変遷

パルステック工業の主力製品の受注推移を見ると、2009年をピークに4年後の2012年まで急降下し続けた。これは光ディスクの衰退と呼応する。ブルーレイディスクの開発終了は、光ディスク時代の終わりを決定付けた。

新製品開発を主導し業績をV字回復させた功労者の加藤達也さん

そんな状況下で新製品開発の命を受けたパルステック工業の加藤達也さんは、➀コア技術の光センシングが生かせる。➁大企業が参入しない隙間を狙う(市場規模5~10億)、③付加価値を高くして 、装置価格1,000万円程度にする。④基本的にトレンドは追わない。これらを新製品企画の基本コンセプトとし調査に入った。そして営業活動の傍ら、顧客のニーズ調査や展示会などで新製品や新技術の調査、新聞や業界紙、インターネットなどで手当たり次第に2年ほど調査に費やした。

二つの偶然

そんな中、東京の取引先から「東京の市ヶ谷で大学の研究シーズをプレゼンする新技術説明会という発表会をやっているから行ってみたらどうか。ゼロから新しいものを探すのはハードルが高いし効率も悪い」とアドバイスを受けた。その人も新製品開発を担当していることからかなりの頻度で、「ネタ探し」のために新技術説明会に足を運んでいるという。加藤さんは「今考えるとこのアドバイスがなければ新商品のネタにたどり着いていなかったと」当時を振り返る。

新技術説明会は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が主催する大学のシーズ発表の場で、企業と大学のマッチングの場でもあり、年間60~70回開催している。2023年は新型コロナウイルス感染症の影響でオンライン開催を継続しているが、加藤さんが参加した2009年当時は実開催だった。

「面倒な手続きもなく大学が保有する技術を公開してくれて、興味のある発表だけでも聴講でき、発表後は大学の先生と名刺交換し個別相談もできて無料です。開催される場所も、市ヶ谷駅(東京都千代田区)で、東京駅から電車で20分くらいの地の利は、新幹線で地方からも出向きやすいですね」と加藤さん。さらに「こんな説明会が開催されていたなんて全く知らなかったので、地方の中小企業には届いていないのかな? 知らない人は多いと思いますよ」と付け加えた。

そして加藤さんは、新技術説明会へは新製品企画の種となりそうな発表を見つけては何度も浜松と東京を往復した。そしておよそ1年後、2009年7月28日に行われた会で今回の製品企画のシーズとなった金沢大学の佐々木敏彦教授の発表を聞くことになった。まさに会社を救う運命の日だ。加藤さんは、「金沢大学の佐々木先生が実際に発表で使われた資料です」と今も保管している当時の「資料集」を見せてくれた。

金沢大学 新技術説明会、2009年7月28日開催の資料集

加藤さんは、「X線による可搬式金属材料評価装置」と言うタイトルで、残留応力・材質・疲労などの分析について装置の概要、応用例、特長や残留応力についての説明がありました。このほか海外の残留応力測定装置との比較、応用例として鉄道のレール保守。溶接の品質確認や複雑な形状の歯車や、航空機の、部品測定などについての説明もありました。大学の研究内容や保有している技術、シーズなどが丁寧に発表され、シーズとして完成形ではない部分があると問題点も含め開示されていました。また想定される業界や課題、企業に期待されることも説明され、技術にあまり詳しくない私にもありがたい内容でした。しかし残留応力、X線回折、イメージングプレートなど私には聞き慣れない言葉で、この時は理解できず新製品開発のネタとなるとは思いませんでした」と当時を振り返る。

しかし発表の中で、基本原理のブラックの法則について触れられていたことは、探索を引き寄せたといえる。物体の立体像を記録しコンピューターで計算することで物体の三次元形状を測る技術のホログラムについて以前携わったことがあった加藤さんは、高分子材料にブラックの法則が用いられていたことから、たまたまこの法則の原理が理解できた。「このブラックの法則が理解できていなければ、発表を理解することができず、調査対象にならなかったかもしれません」と話してくれた。一方で、課題は残っているものの、読み取りにはレーザーが使われることから課題を解決するには、自社のコア技術が使えるかもしれないと考えたという。そんな理由から、見過ごすことなく市場や装置について調べてみることにした。

「新技術説明会参加のアドバイスがなければ」、「ブラックの法則が理解できていなければ」新製品はできなかったかもしれない。二つの偶然は結果的に必然だったのかもしれない。

入念な下調べ

X線の市場については、X線を使った装置を大別すると透過型と回折型があった。透過型は医療、食品、工業用途など多くの企業が参入していて市場規模も巨大だと容易に想像できた。一方、回折型の参入企業は少なく、日本企業よりも海外企業が多い。残留応力の技術的な調査やイメージングプレート(IP)などについて入念に調べて予備知識を持ち、シーズ元の金沢大学の佐々木教授を訪ねることにした。新技術説明会で金沢大学の発表を聞いてから2009年12月、5カ月間が経っていた。

加藤さんは、この辺りまでは単独で調査をしたが、専門技術に関わる部分が多くなることもあり技術スタッフにも同行を依頼。新技術説明会の発表内容で不明点の確認に加え市場、製品化の問題点などについて打ち合わせをした。また、X線回折装置の実機も見学でき、その原理やIP、X線管球などの理解を深め装置化に向けて金沢大学とパルステック工業の方向性をすり合わせした。この訪問で、IPの読み取りができれば装置化も可能と思えるようになった。金沢大学から技術的な指導も得て2010年4月、IPの読み取り実験を開始。併行して必要な機能、精度、使われ方などニーズの市場調査のため約1年かけて企業50社ほどを訪問した。訪問には佐々木教授も同行するなどの協力も得ることができた。

企業の担当者からは、現行の装置について研究者向けで機能が多く何でもできるが専門知識がないと使いこなせない。そのためか稼働率は概ね低いといった意見が聞かれた。それら調査結果は装置開発にも生かした。

2010年12月、ついにIPの読み取りに成功。新製品開発が現実として大きく前進したできごとである。加藤さんは、「ここから安心して取引先や社内に対して事を進めることができるようになった」と当時を振り返る。

ついに完成

そして約1年後に開発が完了し待望の「ポータブル型X線残留応力測定装置」がついに完成。特許7件出願し、本体重量3.5Kgで測定時間が約90秒、専門的な知識がなくても使うことができ、エージング(慣らし運転)不要など既存装置にはない点を改善し、付加価値を付けた装置となった。このほか、装置がポータブル化されてキャリーケースで持ち運びもでき、これまで測定できなかった現場でも測定を可能し、橋梁や化学工場の設備のメンテナンス、インフラの保守点検などでも使用されている。基本は装置を売り渡すのがメインだが、出張計測や受託計測、レンタルと使う側の事情に応じ利用できるようにした。

ポータブル型X線残留応力測定装置

さらに、残留応力とは別の装置になるが、X線の回折原理を使った装置では、非破壊・非接触で金属の硬さのムラを測定する装置を2019年に、単結晶の方位測定装置を2022年にリリースした。

光ディスクの衰退によって会社は経営難に陥る可能性があったが、新技術説明会で金沢大学の発表を聞き、試行錯誤を繰り返し2010年から、X線応力測定を新規に開発。パルステック工業が保有する光技術は、光応用製品とヘルスケアへと転じたことで主力だった、光ディスクに依存していた製品構造も変えることができた。このタイミングで、ヘルスケアやX線ビジネスを徐々に立ち上げ、現在の主力製品になっている。これら残留応力測定装置には光ディスク評価装置が技術に応用されている。

いまでは、コア技術の光センシングを用いた製品が大別して5種類。光センシングとは、光の反射、透過、干渉などの現象を利用することで測定対象を破壊することなく、対象物の表面や内部の情報を知ることができる技術だ。

X線ビジネスの受注・売り上げの推移は、2017年をピークに米中貿易戦争・新型コロナ・ウクライナ侵攻・円安などの影響を受けながらも回復傾向にあり、会社の柱の一つとなっている。また、2022年度の売上比率では、金属の残留応力を測定する装置が30%、医療機器製造(OEM委託製造)が40%、波面センサ・3Dスキャナー・光ディスク評価装置など、光応用製品合わせて30%と大きく転換した。

X線回折ビジネスは、現在も新製品を投入すべく市場調査と商品企画を進めている。今後も、新技術説明会などを活用し、新製品の企画も視野に入れていくという。

2023年8月18日
取材/構成 山口泰博
国立研究開発法人科学技術振興機構
スタートアップ・技術移転推進部産学連携プロモーショングループ

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